アメリカインディアン大辞典
アメリカインディアンに関する用語集です
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アメリカインディアン[ネイティブアメリカン]
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[アメリカインディアン]:なじみの言葉ではあるが、”アメリカのインド人”と呼ばれるのは何故なのか。
アメリカインディアン/アメリカの名の由来は、16世紀イタリアの探検家で商人のアメリゴベスプッチによりアメリカが1つの大陸であることを発見し、その功績をたたえ彼のラテン語名Americus Vespuciusからこの新大陸をアメリカとなずけた。問題は(?)コロンブスたちである。初期ヨーロッパ人探検家たちがアメリカ合衆国に初めて到着した時、インドに到着したと間違って、彼らはアメリカのネイティブ・アメリカン先住民をインディアンと呼んでしまったことにある。この間違いが今日まで続いているのである。
彼らアメリカインディアンは日本人と同じモンゴロイドであり、かつて氷河期であった2万5千年ほど前にアジアからベーリング海峡を渡ってマンモスやバイソンを追ってアメリカ大陸へと移動してきた民であることが常識となっている。 コロンブスがアメリカ大陸に初めて上陸したころ、北アメリカ(北米)には約200万人ほどの先住民が生活をしていたといわれている。かつては、アメリカの西部劇の印象そのままに羽飾りをまとった勇敢ではあるが「頭の皮をはぐ、などの」悪役として描かれていた彼らも現在では、インディアンジュエリー、やカチナ人形、ナバホラグなどアートに、またホピ族など精神世界へとつながる存在として広く知られるようになってきた。 -
アメリカインディアン大辞典
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アメリカインディアン大辞典について
大辞典の著作権について
[アメリカ]インディアンという呼び方について
参考資料目録
アメリカインディア迫害の歴史
アメリカインディアン居留地マップ
アメリカの文化圏と部族の分布図
エスキモー文化領域
東部森林地帯文化領域
南東部文化領域
平原地帯文化領域
西武高原文化領域
西武大盆地文化領域
南西部地方文化領域
北太平洋岸文化領域
カリフォルニア文化領域
トルコ石の話(姉妹サイト)
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アメリカインディアン大辞典について
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ニズムターコイスの書棚に多量に眠る(?)アメリカインディアンの書籍を何らかの形で整理できないものかと思い製作を始めたのですが、資料としてのかなりな量と製作者が一人ということもあり大変な作業となってしまいました。”アメリカインディアン大辞典”はかなりオーバーですが、まあ長い目で見ていただければ”大辞典”へと成長してゆくことでしょう(←疲れが過ぎて少し他人事)
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なお資料的価値は自身で事柄を確証、確認が得られないため薄いと考えます。 -
アメリカインディアン─迫害の歴史
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アメリカインディアンとの戦い:コロンブスが新大陸に到着した当時、現在のアメリカ合衆国には200万人程のアメリカインディアンが存在し、言語も極めて多く800以上の独立した言語があったと考えられている。
かれらの生活様式や政治組織・経済機構・は部族により多様であるが、アニミズム的宗教や自然に対する考え方などでは一定の共通性をもっていた。
しかし、16世紀の白人の到来によって、銃・鉄製品など生活を豊かにするものも手にしたが、基本的にアメリカインディアン独自の生活には終止符がうたれることになる。彼らは、土地も生命も文化も全て奪われて居留地へと囲われていくのである。
1776年の合衆国独立宣言には、「すべての人は平等につくられ……」とうたわれているが、アメリカインディアンがこの「すべての人」に含まれないのは明らかだった。
合衆国は、領土の拡張と白人定住地の拡大を国家的使命としたが、その使命はアメリカインディアンの征服と土地奪取なしには達成されえなかった。
最初、アメリカインディアンの部族を主権国家とみなして条約を結んで土地を購入するという政策をとったのもつかの間、1803年にジェファーソン大統領が「われわれが手を振り降ろしさえすれば粉砕されてしまうことをアメリカインディアンは理解すべきだ」と述べたように、合衆国の国力が強まるにつれ、「力」による抑圧が公然と行われていった。
1830年、ジャクソン大統領は強制移住法を制定し、5万人のアメリカインディアンをミシシッピ川以西のインディアン=テリトリーへ移住させた。頑として移住を拒否し続けたチェロキー族も、ついに1838年に連邦軍によってジョージアから追いたてられた。1万2000人のチェロキー族一行は、冬空の下、5ヵ月をかけてオクラホマへの長い行程を強いられた。寒さ、飢え、病、暴行によって8000人もの命が失われたという「涙の旅路」である。
強制移住の結果、ミシシッピ以東の土地はほぼ完全に白人に開放された。そして、連邦政府は移住させたアメリカインディアンに対しては「文明化」を推進していく。
19世紀後半、とくに1860年代から80年代にかけての西部は、こうしたアメリカインディアンと白人との激烈な戦いの場となった。
アメリカインディアンにとっては、侵略者から自分たちの生活を死守するための戦いだったのであり、実際に野蛮で残虐だったのは白人の側だったのである。
アメリカインディアンは、白人に立ち向かった。
1866年のフェッターマン大尉以下81名のせん滅や、1876年のスー・シャイアン連合軍によるカスター将軍大隊のせん滅など、アメリカインディアン側は輝かしい戦果をいくつも挙げ、スー族のシッティング・ブルやアパッチ族のジェロニモの名は白人を震え上がらせた。
しかし、白人側の軍事的・物量的優位はやはり動かしがたかった。ジェロニモは降伏し、シッティング・ブルも保留地に閉じ込められた末に、1890年12月15日、ついに逮捕された。
「わたしは行かない。さあ、みんな立ち上がれ。決起するのだ。」
こう叫んだ瞬間にブルは射殺された。
この2週間後、第七騎兵隊は無抵抗のスー族200名を虐殺した。この事件によって、アメリカインディアンの武力抵抗は完全に弾圧された。
同じ1890年の合衆国国勢調査は、フロンティアの消滅を高らかにうたった─。
合衆国の発展と繁栄は、まさにアメリカインディアンの屍の上に築かれたものだったが、白人たちは辛うじて生き延びたインディアンに対しては、生存の条件としてアメリカインディアンであることをやめるよう要求した。
アメリカインディアンの文化的抹殺こそが、文明の勝利だと確信されていたのである。 すべてのインディアンが合衆国市民として認められたのは、ようやく1924年のことだった。 19世紀末に25万人にすぎなかったアメリカインディアンの人口は、現在142万人(1980年)にまで回復している。
しかし、社会的・経済的裏づけのない政治的権利は、アメリカインディアンにとっては、絵に描いた餅にすぎない。収入・学歴・生活環境なとさまざまな指標では、アメリカインディアンは民族集団の中でも最下位に位置している。
アメリカインディアンへの人種的差別も根強いものがあり、依然として合衆国の中でアメリカインディアンがアメリカインディアンとして生きていくことは容易ではないのである。
参考:鵜月裕典「アメリカ・インディアン史」─歴史読本ワールド『西部英雄伝』 -
アメリカインディアンという呼び方について
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大辞典に限らずニズムでは[アメリカインディアン]、[ネイティブアメリカン]、両方をサイトの中で使っています。どちらが適切な使い方なのかあまり深く考えたことはありませんが、ネイティブアメリカンの居留地でも[ネイティブアメリカン]という言葉はあまり使われないとききます。下記に[ウィキペディア]に載せられている文を紹介します。これはあくまでも弊社の見解と近いもので、どれが正しいなどという議論や方向付けをするものではございません、もちろんそのような議論をするつもりもございませんので悪しからずご了承ください。
近年、「アメリカインディアン」という呼称について差別を助長するという理由から、ネイティブ・アメリカン(Native American)と呼び替える動きが進んでいるが、これら「アメリカ」を含む単語はアメリカ合衆国内の先住民のみを指す場合もある。ネイティブ・アメリカンという呼称はインド人(Indian)を祖先に持つインド系アメリカ人(Indian American)と区別するために、人類学者が作った造語である。アメリカ先住民の活動家、ラッセル・ミーンズ(Russell Means)は、アメリカ先住民への承諾なしに政府がこの用語を使用しているとして批判している。別の視点では、白人が過去の不正行為から目を背けて「インディアン」という言葉を削除しようとしているのではないかという疑問もある。さらには、「ネイティブ」という単語は「?生まれ」を意味するため、アメリカで生まれた人すべてを指すことにもなるという意見も出ている(これを区別するため、一般的にネイティブ・アメリカンの表記では大文字のNを使用している)。 また、「アメリカインディアン」と呼ばれることに誇りをもつ先住民はこれを自称し、またその名称を替えること自体が差別的であるとする見解もある。これはそもそもアメリカという地名そのものが後付であるという見解からである。また、インディアンは差別語ではないという人は少なくない。1996年の先住民に対する調査では、ネイティブ・アメリカンよりもアメリカン・インディアンという呼称のほうが好まれるという結果も出ておりインディアンと呼ばれる事に誇りを持っている人も多い。 とはいえ、ほとんどのアメリカン・インディアンは、インディアン、アメリカン・インディアン、ネイティブ・アメリカンという用語に不快感はなく、いずれも同じ意味合いで使用されている。2004年にワシントンD.C.で開館した博物館の名前は、国立アメリカ・インディアン博物館となった。 カナダでは、イヌイットとメティ(Metis、先住民とヨーロッパ人両方の血を引く人々とその子孫)を除く先住民の総称としてファースト・ネーションズという呼称が一般的であり、ハイダ、クリー等個々の部族を指すときは部族名の後に「ファースト・ネーション」をつける(例:ハイダ・ファースト・ネーション)。メティの人々の総称はメティ・ネーションである。また、会話中ではネイティブ・カナディアン(Native Canadian)という呼称が使われることもある。
■「アメリカインディアン」『フリー百科事典 ウィキペディア』(http://ja.wikipedia.org/)。2007年10月22日15時
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「ネイティブアメリカン」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2008年6月12日6時
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参照<a href="http://www.nizm.co.jp/glossary_i/index.html"target="_blank">
ニズムターコイズ,アメリカインディアン大辞典</a>
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参照 ニズムターコイズ,アメリカインディアン大辞典
- 『アメリカインディアン (その文化と歴史)』W,Eウォッシュバーン南雲堂 (1977年発行)
- 『アメリカインディアン』 宝島2月号 JICC(ジック)出版局(昭和53年発行)
- 『アメリカインディアン』 清水知久著 中公新書 (昭和46年8月15日発行)
- 『アメリカ・インディアン神話』 C・バーランド著、松田幸雄訳 青土社(1990年発行)
- 『アメリカインディアン悲史』藤永 茂 朝日選書 1947年発行
- 『アメリカインディアンの民話』岩崎美術社 皆川宗一訳 (1970年発行)
- 『アメリカインディアン』[奪われた大地] フィリップ・ジャカン著 富田虎男監修 (1992年発行)
- 『あるインディアンの自伝』ポール・ライアン著 思索社 (昭和55年発行)
- 『イシ』 シオドーラ、クローバー著 行方照夫訳 岩波書店(1970年発行)
- 『インディアンアイテム 100%』 株式会社リブロボート (1997年9月 発行)
- 『INDIAN CRAFT BOOK』株式会社ワールドフォトプレス ISBN4-8465-2281-4
- 『インディアンの魂とアートに触れる旅』サンタフェ&タオスガイドブック ISBN4-8465-2257-1
- 『インディアン生活術』東北文化研究会編 ムックの本/KKロングセラーズ
- 『仮面の神がみ上・下』フランク・ウォーターズ著 科学情報誌 (昭和49年発行)
- 『この大地、わが大地』J.コスター著 清水知久訳 三一書房(1977年発行)
- 『白い征服者との戦い』酋長レッドフォックスの回想 サイマル出版社 (1971年発行)
- 『征服されざる人々』ウィリアム・ハートレイ/ウィリアム・エレン著 現代史出版会(昭和50年発行)
- 『ナバホの歌』岩波少年少女の本27 犬飼和雄訳 岩波書店 (1974年発行)
- 『ネイティブアメリカンのクラフト図鑑』 インディアンの贈り物 ISBN978-4-8465-2645-0
- 『ブラックエルクは語る』(スー族聖者の生涯)J・Gハルト著 社会思想社 (昭和53年発刊)
- 『ホピの太陽』「現代文明批判」 北沢方郁著 研究者出版株式会社 (1976年発行)
- 『民族探検の旅 代7集』(北アメリカーエスキモーとインディアンの母なる大地)学習研究社
- 『わが魂を聖地に埋めよ 上、下』 ディー、ブラウン著 草思社 (1972年発行)
- 『EVOLVING SOUTHWEST INDIAN JEWELRY』 NANCY N.SCHIFFER
- 『FETISHES』and Carvings of the Southwest 「Oscar T.Branson-」
- 『FINE INDIAN FEWELRY OF THE SOUTHWEST』THE MILLICENT ROGERS MUSEUMU COLLECTION
- 『HARMONY BY HAND』art of the southwest indians Basketry Weving PotteryISBN 0-87701-426-4
- 『I AM HERE』Two Thusand of Southwest iNDIAN AaRTS and Culture/ Museum of Mexico Press
- 『IMAGES IN STONE』 Published By Brown Trout Publishers,Inc
- 『INDIAN SIGNALS AND SIGN LANGUAGE』 GEORGE FRONAVAL AND DANIEL DUBOIS
- 『』
- 『JOHN RUNNING HONOR DANCE』NATIVE AMERICAN PHOTOGRAPHS ISBN 0-87417-100-8
- 『NATIVE AMERICA』 ARTS, TRADITIONS, AND CELEBRATION CLARKSON POTTER/PUBLISHERS
- 『NAVAJO JEWELRY』 A LEGACY OF SILVER AND STONE BY LOIS ESSARY JACKAISBN 0-87358-609-3
- 『NORTH AMERICAN INDIAN ART』 PETER T.FURST JILL.FURST ISBN 0-8478-0572-7-
- 『ROY MONLEYS COLLECTING SOUTHWESTERN INDIAN ARTS AND CRAFTS』
- 『SOUTHWESTERN INDIAN JEWELRY』DEXTER CIRILLO ISBN 1-55859-282-2
- 『SOUTHWESTERN INDIAN』ARTS/CRAFTS/TRIBES/CEREMONIALS BYTOM BAHTI AND MARK BAHITI
- 『THE COMPLETE HOW_TO BOOK OF INDIANCRAFT』W,Ben Hunt COLLIER BOOKS
- 『INDIANCRAFT AND LORE』W,Ben Hunt COLLIER BOOKS
- 『TREASURES OF NAVAJO』 THEDA BASSMAN NORTHLAND PUBLISHING
- 『TREASURES OF ZUNI』 THEDA BASSMAN NORTHLAND PUBLISHING
- 『THE VANISHING INDIAN』 RAY MANLEY:A PORTFOLIO
- 『THE TURQUOISE TRAIL』NATIVE AMERICAN JEWELRY AND CULTURE OF THE SOUTHWEST
参考文献
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